月別アーカイブ: 11月 2012

個人情報の売り買い可能法案について

個人のデータを本人の許可なく売り買いできるようにする動きがあるらしい。個人を特定できないように加工を施すから安全に経済を活性化できるはずとのことだが、根本的なところがズレていると思います。
個人情報の保護や忘れられる権利という話が出てきたのは個人情報が人権とダイレクトに関係しているからだったわけで、悪用されるとその人がふつうに生活できなくなりかねなくなるからでしょう。つまり、この動きはいくらカモフラージュしようが、根本的に人権を市場で切り売りしてるようなところを孕んでいる気がします。

また情報の扱いはあくまで人がするわけです。どんだけ外部からの攻撃に対処しても内部からの裏切りには赤子同然でしょう。対策するということは、それが守れる限界でもあるわけです。そして、想定外の事態でまともに対応できなかったのが政府であり、かんりょうであり、なんちゃら委員会であり、大学だったわけです。誰も責任とっていない。

さらに問題なのはマーケティングにプラスになるかといえばこれがならないということです。個人の行動データがどれだけ集まったって商品は売れません。価格の問題でもないと思います。
では何か?

そもそも欲しいもんを作っていない。これに尽きる。ハワードストリン○ーとか早く国に帰って欲しい。
そんなことより、まず歳出削減から始めろっての。

【ネタバレ注意】ヱヴァゲンリオンQ ⇒ エヴァンゲリオン「||」 の意味について

以前ヱヴァ序・破から、なぜ「Q」がアルファベットなのかということについて書かせていただきました。本日、やっとこさ時間を取れて見てきましたが、改めて自分の読みの甘さ、そして庵野秀明という人がどんだけシンボリズムにこだわる人なのかということを痛感させられますwww

Qについての考察: http://wp.me/p2fO23-60

最後の審判で世界が改変されるというような内容については、大体は自分に及第点を上げたいところですが、そもそもヱヴァがカバラ(qabbala)であることを加味しそこなっていた時点で、あんまりあってるともいえないかもしれません。

さて、「シン・エヴァンゲリオン劇場版:||」という最後の読み方が不明な予告がありました。生命の樹ことセフィロトの樹を考えてストーリーも構成されているのだろうということがこれを見たときに気が付きました。

音楽の終止線であることは、Qのピアノ演奏の予告や、その五線譜を使った「∞」、バロックがカヲルとシンジがヱヴァに乗った時の背景にで出ていたことからも推察ができます。

ところが、これだけなのかというと、そうじゃない気がします。上述のように、「Q」には最後の審判という序破急の型からの意味が一つ。もう一つは、カバラの「Q]が存在しているっぽいと思われる為です。

すると、「カバラ的な意味合いの方は何ぞや?」ということになります。

もともと、アスカ・シンジ・レイの設定自体が、アニマ・アニムスとその間というセフィロトの樹の縦線3本から構成されているのはそっち方面では有名な話です。

カバラ・セフィロトのwiki: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%90%E3%83%A9

振り仮名あり: http://www.starpeople.com/kabalah.html

真ん中が例で、両サイドにシンジとアスカの軸があるわけですが、破で新登場したマリは、セフィロトの樹の中で明らかに一か所「○(セフィラ)」があってほしいところにないですよね? ダアートと呼ばれるセフィラが記述されていないのは、セフィロトの樹が実は立体構造で、この図の奥にもう一つセフィラがあるらしいです。それがおそらくマリの立ち位置だと思われる。ヱヴァに乗りながらも独自路線を突っ走ります。そういう意味でレイよりな感じがどこかするのはそういう設定だからかもしれません。

さて、Qではアスカが「ガキシンジ」と言い出します。これは片目を失ったためにマザコン根性(エディプスコンプレックス)が無くなったことを意味しているように思います。アスカは男勝りの女性であり、シンジは女々しい男性という感じなのでたぶんそういうことなのじゃないかという気がします。片目を付くというのが神話ではペニスをちょん切る代わりになるそうです。ちなみに鼻の大きさがペニスの大きさを表すそうですww ハリポタのヴォルデモートは鼻がないので、生殖機能がない、子供ができないわけですね。でもハリーとなんかくっついている感じがするという設定がシンボリズム的にも不気味な感じを出していたのだと思います。ハリポタって血による差別をモロに出す話ですし、結局、血のつながりではなく魂との繋がりだったという構成でしたけど。。ハリーはpotterというだけあって、ポット、陶作りですから土塊から神が人を創ったということで肉体。この肉体に息を含ませて人としたわけです。すると、ヴォルデモートは最初空気のような状態(=魂)である意味が分かります。だんだんハリーと接触するたびに人間っぽい身体になっていき、最後は血を奪って蘇ります。肉体にヴォルデモートの魂を宿すハリーと魂が肉体を手に入れたヴォルデモート。王様はどちらに!!みたいな話しになるのは必然だったわけです。

話が逸れましたので、戻します。言いたいことは、アスカが片目を失って、自身のコンプレックスを克服したということは、その前提にセフィロト設定が生きていることを暗示しているように感じました。

すると、

【序】:セフィロトのケテル~ホクマー・ビナーへの小径(こみち)

【破】:ホクマー~ホッドと各小径

【Q】:ネッツァ―・ホッドからイエソドへ向かう各小径~イエソド

という感じになるのだと思います。

大切なのは、この繋いでいる線なんですね。もうお分かりでしょう。

「シン・エヴァンゲリオン劇場版:||」のもう一つの「||」はセフィロトの最後のセフィラ(丸いところ)へ続く小径であるように思います。

【||】:イエソド~マルクートorマルクートまでの小径(後者の場合、エンドロールの後、チラッとストーリーを入れるのではないでしょうか?)

他にもセフィロトの樹だと推察できる根拠があります。それは、あの世界がもう14年経っているということです。つまり、アスカたちは28歳ということになります。そして「序・破・Q・||」の4つを足すと、セフィロトのセフィラ10とその小径22、10+22=32です。 28(歳)+4(人・話)=32。

ブルーレイを4本集めると、その人の家に生命の樹ができあがるようにしてあるんじゃないかと思います。

作品中のシンボリズムも色々楽しめましたが、ここでは割愛させていただきます。

微妙な予想になりましたが、読んでくださった方ありがとうございます☆

追伸

セフィラはプロセス(小径)でもあるらしいので、ここでは追求しませんでしたが、要するにエンドロールが終わってからチラッとだけショートストーリーが今まで入ったのはまさにそれが小径だったからではないかと思います。本編とは別に次へ繋がるストーリーをブリッジストーリーと言うそうです。ですから、小径っぽさを出すのには調度良いのではないでしょうか。そうだと考えますと、

【序】:セフィロトのケテル~ホクマー・ビナーへの小径(こみち)

【破】:ホクマー~ホッドと各小径(イエソドに向かうものも含む)

【Q】:ネッツァ―・ホッドの小径~イエソド

【||】:イエソド~マルクートorマルクートまでの小径

ということになるように思われます。さらに、言うならば「Q」がセフィラに道が出ている形(○+||)と考えると、ラストシーンの意味が分かるような気がします。連絡のつかない場から次に向かって歩みだす。つまり、ちょっとだけイエソドから「Q」の時点でマルクートに歩み出しているという見方ですね。

いや~次回作が楽しみです☆

【追記】

さっき歩いていてふと気が付いたのですが、DVD/BD自体がセフィラの見立ててと言う可能性がある気がします。そうなると、ディスクの販売は計5枚になるかもしれませんね。4枚は序/破/Q/||で、もう一枚裏話とかデ・コード編とかそんな感じで。なぜかと言えば、これもセフィロトなんですが、中心の軸には4つのセフィラにもう一つ隠れセフィラのダァートが存在するじゃないですか。前述のマリの位置のやつです。秘匿されているセフィラです。ディスクがこの中心軸を表しているとなると、僕たちが想定している枚数に1枚隠しディスクが出るなり、おまけで付いて来るなりするかもしれませんww

続・深層崩壊 

ふと思ったんですが、日本のダムって山の深層崩壊を前提に作っているのでしょうか? 前回、Eテレのサイエンス0で「深層崩壊」という現象を取り上げていて驚かされたんですが、もし山が崩れるものだということになるとダムに水を貯めることは結構危ない行為になるような気がします。

「深層崩壊」についてのブログ↓

https://activeneet.wordpress.com/2012/10/28/%E6%B7%B1%E5%B1%A4%E5%B4%A9%E5%A3%8A/

ハリケーンサンディ、オーストラリアの落雷一昼夜で17万回

南オーストラリア 一昼夜で17万回の雷を観測

http://japanese.ruvr.ru/2012_11_06/o-sutoraria-kaminari/

異常気象が続いていますね。

僕の持論ですが、3.11で地中から放出されたエネルギーが大気に伝わって世界中に還流しているように思います。エネルギー保存の法則ですね。要するに見えないけれども確実に存在はするという媒体にエネルギーが伝導しているような感じです。空気も充電池みたいなもんだと思えばよいかもしれません。

3.11のプレートの動きで大地が東に何センチ動いたとか色々物資的な基準だけが取りあげられていますが、僕からすると山や地表、水面、すべてが巨大な団扇なんですよね。大地が動くというのはそういうことなんじゃないかと思います。

大地震で放出されたエネルギーは、言い換えるなら大気を思いっきり揺さぶったということなんだと思います。バタフライ理論というのが複雑系の世界ではよく言われます。ブラジルやら中国で蝶がはばたくと、テキサスやアメリカで竜巻が起きるって例が有名じゃないでしょうか。日本で言えば、「風が吹いたら桶屋が儲かる」って感じですね。

蝶ですらそんなことが言われているのに、大地震ですからね。当然何かしら気象に影響が出ると考えるべきだと思います。つまり、地球は繋がっているということです。温暖化の影響なんて簡単に言えるような話ではないわけですね。

で、そうやって大気に充電されたと仮定します。するとこういうハリケーンや落雷という形は一種の放電現象と言えそうです。ハリケーンが動くとエントロピーは大局で見れば増大の方向に向かうことでしょうし、大型の落雷は、宇宙の方にスプライトという形で放電されます。地球の中に還流していたエネルギーが外に出て行くという感じですかね。たぶん大気圏外の方にシールドとしてそのエネルギーは地球を守るバリアとかになってくれるようにも感じます。一方、スプライトは宇宙と地球のパイプにもなるようで、逆に電気が外からも入ってくるみたいな話もあるようですが、やはりこれだけ大規模な放電現象はガイアが頑張って調整している最中なんじゃないかという気がします。

こう考えると、キッカケになった被災だけでなく、お互いに世界が手を取り合って災害に立ち向かうという考えがとても重要になってくることは自明なんじゃないかと思うのですが、今はなんだかちんけな政治家の狭い視野の中、しょうもない争いがニュースを覆っているのが残念でなりません。